私は昨日、新しい仕事のために就職面接へ行った。
今、週2~3日のパートをしている。他にもやりたいことがあり仕事をセーブしているが「他にもやりたいこと」は収入には繋がらないため、時間的な融通の利く仕事を求めこの1か月近く仕事を探していた。そして「これならできそうかな」という短期の仕事を見つけ、就職面接に至った。
面接時に履歴書を持参する事になっており、久々に履歴書を書いた。今はPCで作成することが主流なのかは分からないが、手書きで書き損じると修正が大変なのでPCで作成してみた。
学歴、職歴、免許・資格、志望動機や職場への希望を記載する欄があり、其々を記入していった。
年は和暦で記載するようになっており西暦・和暦を変換しながら、何年に自分が卒業したか、いつどこに就職したかを書いていった。私は職場を何度か変わったので職歴が多い。
私が若かりし頃「一つの会社に長く務めることが良い」こととされていた風潮があったように思う。しかし、その中で何度も職場を変わり自分は「仕事が長続きしないタイプ」と自覚していたし、そんな自分は世間の人と比べてダメな人間だとずっと思っていた。親も口に出してこそ言わなかったが「何しても続かない」と感じていたと思う。
経歴を書きながら「どうしてこの時にここを辞めたのか、この時に何があったのか」と考え、その頃の自分を思い返し、自分の過ごしてきた人生の時間を振り返っていた。何度も職場は変わったが、その時、その時で「自分はこれをやりたい、やってみたい」との志があったことは確かであった。しかし仕事が長続きしない自分は「ダメな人間」だなという思いと表裏一体だったように思う。
私は半世紀近く生きているので人生で過ごした時間もかなり長い。その頃は自分を責めたりする気持ちも強かったが、今の時点で過ぎた人生を振り返ると、色々な職場で働けたことは良い経験であったと思える。自分は「幾つになってもやりたいことにチャレンジができる人でいたい」と思っていたのでポジティブに捉えれば、それを体現できたと言えるかも知れない。
どの職場にも、長年同じ部署にいる職員は必ずおり「同じところ(慣れているところ)にいる方が安心、今更他にいくのは面倒だし、一から仕事を覚えるなんて」という安定志向を持っていた。私は、同じ職場に居続けられることも一つの能力だと思っている。
履歴書を書きながら自分の人生について振り返る時間が持てた事で、自分のこれまでの過ごしてきた時間の意味付けを変えることができた。続けられない事はよく言えば新しいチャレンジをする機会が増えるという事だから。
同じ1つの事柄でも、その捉え方や解釈の仕方は人それぞれであり、解釈の方法を変えるだけで、これまでと見え方が変わってくるとはこのようなことをいうのかも知れないと思った。
こんな風に考えられるようになったなんて自分も歳を重ねてきたのだと感じる。
新しい仕事のために書いた履歴書で自分の人生を振り返ってみたっていうおはなし。おしまい。
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